ミシガン大学公共政策大学院留学記: 医療保険改革はどこへ向かうのか

2009年8月3日月曜日

医療保険改革はどこへ向かうのか

サマースクールの授業で、あるテーマについてディスカッションをリードするというプロジェクトがあるのだが、僕たちのグループではアメリカの医療保険改革の是非を取り上げる予定だ。

アメリカでは毎日のように医療保険改革の是非が新聞紙上を賑わしているが、8月の議会休会前に全ての採決を終えることはできず、新聞紙上での論戦は少し下火になってきている。しかし、世論は医療保険改革に対して徐々に懐疑的になってきており、7月末のWSJの世論調査では、反対が賛成を上回り、オバマ大統領の支持率も軒並み下がってきている。今週のThe Economistにおいても、”Crunch Time”と題された記事の中で、オバマ大統領がこの法案とcap-and-trade法案を通すためにリーダーシップをうまく発揮できなければ、信任を失い、歴史的な大統領からただの大統領になり下がると厳しく指摘している。オバマ大統領にしてみれば、今まさに正念場を迎えているわけだ。

来週の水曜日にこの題材で議論をするのだけど、アメリカにとって医療保険制度というのはやはり鬼門のようである。過去の例を見ても、1993-1994年のヒラリー上院議員主導の医療保険改革は失敗に終わり、94年の選挙で上下院共に民主党が下野するという事態に追い込まれている。日本で生まれ育った僕にとっては、国民皆保険制度には欠陥はあるものの、素晴らしい制度で、なぜここまでアメリカ国民の生理的とまで言える拒否反応を示すのか理解に苦しむところがあった。

今までの授業で、肥満税や銃規制の是非について、アメリカ人の講師を含めて議論した結果、こうした拒否反応の根本が少し見えてきた気がする。大きく分けるとふたつあって、ひとつは、アメリカでは政府に対する不信感というものが根強く存在しており、政府が市場に介入することに対する拒否反応が異常に大きいことと、もうひとつは個人の責任のもとに意思決定をすべきだという思想だと思う。

ただ、僕は医療保険制度改革については、少なくとも後者は妥当しないと考えている。アメリカの民間保険では、過去に重大な病歴がある場合、高額な保険料を請求されるか、そもそも保険の加入を拒否される結果、医療保険未加入者が全国民の約6人に1人にまで昇る。それが生活様式(食生活の問題や運動不足)の結果として不健康になった人間には「個人の責任ですから」と言えても、生来疾病にかかりやすい人間が医療保険の恩恵を受けることができないのは、個人の責任の問題ではなく、彼/彼女が救済されないのは不公正だと考えるからだ。

したがって、この問題を解決するポイントは、如何に政府に対する不信感を拭い去るかということだと思う。財源論で論争が戦わされているのは、結局政府が運営する医療保険制度は不効率で過大な負担を国民に押しつけるのではないかという疑念が形を変えて現れているだけではないかと思う。

とりあえず今日時点での自分の中でのまとめとして書いてみた。まだ来週の水曜日まで時間があるので考えを深めていこうと思う。

2 件のコメント:

  1. >生来疾病にかかりやすい人間

    保険会社はそういう人の保険料を高くして、その代わり州政府が保険料を補助すればいいんじゃないですか?

    弱者救済と、全員から保険選択の自由を奪うことを混同してはいけませんよ。

    日本の国民健康保険はおかしいです。受けるサービスは全員同じなのに頑張って働く人は重くなり、怠け者はほとんど払わないで済んでいます。リスクに応じた負担という保険本来の姿に戻すためにも、日本も医療保険を原則民営化すべきです。

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  2. >匿名さん
    コメントありがとうございます。こんな古い投稿にコメントが付くとは思っていなかったので、正直びっくりしています。

    アメリカの保険会社はリスクの高い人間に対して保険料の引き上げで対応することは稀で、加入拒否をするのが通常の取引慣行のようです。むしろ団体単位の医療保険が中心であり、職を失えば自動的に保険を失うということも稀ではありません。

    こうした状況を踏まえたうえで、保険会社がリスクの高い人に対しては加入拒否ではなくも高い保険料を課すことを促し、州政府が弱者に対しては補助を出すという選択肢は一つの合理的な政策判断だと思います。ただ、当然補助金は税金によって賄われていますから、何らかの弱者救済は必要と考えるのであれば、医療保険制度内における保険料の徴収の仕方が所得移転的であったとしても、その一点をもって民営化すべきという議論にはならないのではないでしょうか(民営化した方が効率的という御主張であれば、それは一理あると思います)。

    保険選択の自由については、当然色々な考え方があると思いますが、私個人としては何らかの形で全員加入と言う形が望ましいと考えています(全員加入と言っても、いずれかの民間保険に加入するという制度設計もありだと思います)。医療機関は、特に救急医療の場面において、患者が保険に加入しているか、医療費を賄えるだけの所得水準を有しているかを確認することなく、医療を施します(アメリカでは違法移民をはじめとする医療保険未加入者のこうした医療費が莫大な金額に上ることは周知の事実です)。これを逆手にとれば、保険に加入していなくても究極的には医療を受けられることが事実上保障されているのであり、その負担がその他大勢に転嫁されます。当然、皆保険の状態ではモラルハザードが生じるので、政策の是非はそれとの比較衡量の問題であるとは思いますが。

    貴重なコメントありがとうございました。

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