ミシガン大学公共政策大学院留学記: リバイアサンは甦る?

2010年1月24日日曜日

リバイアサンは甦る?


先週のアメリカ上院補選における民主党の敗北をとっかかりにして、今週のThe Economistが政府の規模・あり方について論じている(“The growth of the state: Leviathan stirs again”)。要旨は以下のとおり。
  • 政府の規模・役割に関する議論は15年前に解決し、その解答はワシントン・コンセンサスに代表されるように、政府の権限縮小が繁栄をもたらすというもの。しかし、金融危機、高齢化の進行、テロ・犯罪率上昇に対する脅威、気候変動問題への対応などを背景に、政府は、財政拡大、規制強化、国有企業を通じた経済運営など、復権を遂げた。
  • 過去の経験に鑑みれば、危機は短期的には政府を拡大させるが、揺り戻しにより長期的には縮小させる場合もある。今回のアメリカ上院補選における民主党の敗北で目が覚めたオバマ大統領は中道化する可能性も。
  • 今後数年間にわたって、政府の失敗と市場の失敗を比較衡量することになるだろう。市場は失敗するが、政府も失敗する。福祉国家は自己拡大し、公務員は自己保身に長けており、政治家は税金を使って票を買い、ロビイストは政治決定に影響を与えようと多額の金をつぎ込む。この結果、政府サービスの向上を伴わない支出拡大が起きる。
  • オバマ大統領は、政府の規模を論ずるのではなく、政府が機能するかが問題であるとしたが、ナイーブに過ぎる。政府が為すべきことと市場に任せることをまず議論しなければならない。
この記事を基にしたLeadersの”Big Government: Stop”では、もっとぶったまげたことを言っていて、「本誌は小さい政府を志向するという偏見が有効と考える。政府よりも個人に権力を与えるべきだし、(上記のような)政府拡大バイアスを抑え込むことができるから」と(Marshall Street Journalでも取り上げられていますね)。この記事の題名にリバイアサンをひっぱってくるあたりからして、既に穏やかじゃないけど。

ただ、ここはこの記事にあるとおり、やはり冷静・公正に政府と市場の役割分担を議論するのが適当なのでは。現代国家においてこれを軸に左右対立が形成されるべきだと僕個人として考えているし、それを再度明示的に確認するという意味で、この記事は注目に値すると思う。政府拡大バイアスがあることを認めるとしても、The EconomistやWall Street Journalとかって、何やかんや言ってギリギリのところで、市場至上主義を振りかざして、市場拡大バイアスを作り出しているのではないの?と思ったり。そこはポジショントークと考えて、割り引いて読むべきなんだろうけど。

こういう国家権力に対して真正面から正しい論点をめぐってメディアがぶつかっていく姿勢は、羨ましくもある。極東のあの国で、こういった本筋の議論がなされる日はいつ来るんだろうか。

2 件のコメント:

  1. リンク、ありがとうございます(笑)この一年半、ずっと思い続けてきたことですが、どっちの選択肢がいいかはともかく、何はともあれ、二つの選択肢(いわゆる「大きな政府」と「小さな政府」)が常にきちんと示されているという点は、この国のいいところだなぁと思います。たまに(頻繁に?)行き過ぎることもあるけれど、その分、必ず揺れ戻しもあり、その「揺れ」を経ることで、(コストを払いつつも)社会が前進していく姿は、見ていて羨ましいなぁと。こういうスタイルは日本には根付かないんですかね。なんだかんだいって、アメリカに比べれば、日本人ってhomogeneousだからなのかなぁ…。まぁ、それ自体は、悪いことでもないんでしょうけど。

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  2. >bayaさん
    勝手にリンクを張ってしまって、すいません…。

    こういうスタイルが日本に根付かない理由は、同質性もあると思うのですが、良質なサービスを低価格で求めるお客様至上主義にあると思います(床屋政談的で恐縮ですが)。

    一つの見方ですが、日本人は別に政府が何をやっていようが、そのプロセスには本来的に興味がなく、暮らしが安全で、経済が順調に成長して、老後も安心といった、結果を求めているだけなのではないかと考えています。これは、「お客様である消費者(国民)は『何も考えずに』低価格で最高の(政治的)サービスを提供されるべき」という物の考え方と表裏一体なのではないかと。

    マスコミもこうした厳しい消費者に応えるために、消費者が見たいニュースを提供するという行き届いたサービスを提供していて、消費者の興味のない政府と市場の役割分担についてはあまり書きたがらず、政府は結果を出せず本当にバカ者である、公務員けしからん、不透明な政治資金けしからんと、プロセスの問題を問い直すのではなく、結果に対する消費者の不満を人格攻撃に昇華する傾向があるのではないかと(もちろん、ここで挙げられている問題が瑣末だということを言いたいわけではありません。為念)。それが更に現在の日本的スタイルを再生産していくわけで。

    そうやって眠っていた日本人も、現政権の安全保障政策(有体に言えば、アメリカとの同盟関係)にはびっくりして、これから揺り戻しが起きるのかなと思ったりもします。そういう意味で、政権交代って、ある種のコストが存在するけど、そういった政治のあり方に転換する一つのきっかけになりうるのかなと。ただ、日本人の消費者としての厳しさが存在するがために、政権交代があってもこういうスタイルが根付かないんじゃないかと思ってしまうわけですが。

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