ミシガン大学公共政策大学院留学記: 保守と革新に関する覚書

2010年11月4日木曜日

保守と革新に関する覚書

アメリカの中間選挙を見ていて、保守・革新軸について思ったことを。今回の選挙がオバマ政権の経済政策や大きな政府に対して国民から突きつけられた拒否だったという論点は差しおいて、気づきの一つだったのは保守派は論理一貫しやすい主張だなということ。考えてみれば当然で、小さな政府を標榜し、警察・外交防衛・財政といった、市場では適切に供給されない、かつ必要最低限と一般に考えられている機能のみを政府に担わせ、それ以外は市場に任せるという原理原則で主張が形成されるので、矛盾点が生じづらい。

一方、革新派というのは、それにとどまらず、政府が国民生活により積極的に介入すべきという立場に立つわけだけど、論者によって、どの分野にどの程度介入するかという価値判断が大きく異なりうるし、その最大公約数を政党としては打ち出さざるを得ないので、結果として、部分部分が矛盾を来して、全体として一貫性は失われる傾向にあるし、反対論者からすれば価値判断が分かれやすい分野に議論を集中すれば(+その分野が政治において重要な部分だと国民に思い込ませることに成功すれば)、付け込むことは比較的容易だ。

今回の中間選挙を巡る両陣営のやり取りで、共和党が民主党の経済政策の失敗をあげつらうのと同時に、政府の一貫性のなさや無駄な介入を槍玉に挙げていたけど、上記のような構図がある以上、そんな議論したって共和党が常に有利に決まっているじゃない。論争では、原理主義が一番強いよね、そりゃ。だからといって、価値判断として優れているかというのは別問題。

そこで思うのは、論理性のみによって政策の正当性を主張することは間違っていて(勿論、論理性は議論の大まかな前提条件ではあるけれども)、多数の人間が、どこまで政府に任せるか、市場に任せるかという論点で一致できるかという点を追求しようとしないと、結局意味ある意思決定なんてできないよなと。まあごく当たり前の話で、共和党は当然今回の選挙結果は小さな政府志向の勝利と位置づけるだろうし、それ自体は否定しないけど、やり口自体はあまり褒められたものではなかったし、少なくとも建設的ではなかったと思う。民主党のやり口もまったく建設的ではなかったので、お互いさまの感触は否めないけど。この国からは中道派というのが消えつつあるのかなあ…。

僕が今回の共和党ないしテーパーティーの原理主義的な主張に嫌悪感を覚えたのは、僕がアメリカ政治の文脈では革新派寄りだから、そうした保守派のある種の狡さが垣間見えたという話。けど僕は日本政治の文脈では保守派寄りなので、逆に、同じようなやり口で革新派の議論を論破しようとしていないか反省し、フェアで建設的な議論を心がける必要があるなと思ったわけで。

2 件のコメント:

  1. オバマ政権への通信簿という部分はひとまずおいておくと、共和党も民主党も迷走しまくっていたという感じですね。共和党もお茶会の皆様とはやっぱり呉越同舟な候補もいらっしゃったようで。

    「小さな政府」とか「アメリカの誇り」みたいな王道の看板を掲げつつも、膨張しまくった軍関係の予算や医療費の改革、教育政策等々、共和党も言ってることとやってることが必ずしも一致しないですから。

    無党派層のボリュームが大きいので、クリアカットな政治的レトリックとメディア戦略で如何に彼らを自分たちになびかせつつ、固定客の組織票はしっかり抑えるという政策とは無縁の空間での勝負になってしまってるんでしょうね。

    いずれにしてもれトリックの上での90年代の中道派(政治的折衷主義)の流れは取りあえず完全に一服して、しばらくは試行錯誤と時間の浪費を繰り返しつつ、どの道中道的な政策を推し進めていくんでしょうね。

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  2. >匿名さん
    共和党はこれから党内のティーパーティーを如何に制御していくか、お手並みを拝見させてもらおうと思っています(笑)。意図的かどうかは別として、ティーパーティーの言う極端に小さな政府を掛け声としてしまった以上、その振り上げた拳をどう下ろすのかは難しいですよね。

    おっしゃるとおり、共和党も政府の役割に関する主張・行動が相当ぶれていて、昔と違って受益と負担をうまくバランスさせた小さな政府像を提示できていないので、このあたりで一度整理して欲しいところです。本流の共和党は、ティーパーティーとはとても本質的に相容れないと思うので(個人的にはティーパーティーは正しくアナーキズムかリバタリアンを名乗るべきだと思います)、民主党との関係だけでなく、ティーパーティーとの関係でも、共和党は自己を再定義するべき時に来ている気がします。

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