ミシガン大学公共政策大学院留学記: 1月 2010

2010年1月31日日曜日

睦月も終わり

早くも今日で1月が終わり。あとこの1か月を3回繰り返せば、悪夢のような冬学期も終了するはず。再来週あたりから中間試験が続々と始まるので、残り3か月の忙しさは今月とは較べるべくもないのはわかってはいるのだけど、そう思わないとやってられない。

木曜日にそういえば経済学修士の出願手続が無事に終わっているか、担当の職員に確認。あれだけ三者三様に言っていることが違ったこともあり、少し心配になったので。ていうか、日本だったら当たり前に行われることもアメリカだとそんなことはあり得ないので、確認しないと。あとで書類届いていないから、不合格みたく言われても困るし。ところがアメリカにしては珍しく、無事に手続は完了していたみたい。ただ、審査はまったく進んでいないとの由。

金曜日はTGIF会で、Main Street沿いにあるMiddle Kingdomという中華料理屋でお食事。初めて行ったお店なのだが、あまりの美味しさに食べ過ぎてしまった。ていうか日本でも同じレストランが近所にあれば、これは通うなというレベル。友達の知り合いの中国人がアナーバーで一番美味しいと評していただけはある。しかしなぜかネットでの評価は5段階評価で、2.5。アメリカ人の基準はよくわからん…。

昨日は朝から車で1時間くらいのところにあるMt. Hollyというスキー場に。雪が全然降っていないため人工降雪で、最大高低差100m程度のスキー場ではあるが、どうせ惰眠をむさぼって無駄にしてしまう土曜の朝を有意義に過ごすには最適かも。昼前まで滑って退散。少し物足りない感はあるけど、楽しかった。その後、Noviに寄って日本食材を大量に買い込んだ後、アナーバーでおいしいと噂のタイ料理屋に(お店の名前は忘れた…)。噂に違わず、これまた美味しい。今まで食べた中で一番おいしいタイ料理だと思う。現在、今後のTGIF会開催候補地の最有力候補だな。

昨晩は、本当はウィンザーに行く予定だったのだが、腰が痛くて行けず。スキーのリフトから降りるときにボーっとしていたら、降りたはずのリフトが横からすごい勢いで頭にぶつかってしまった。その時に腰を地面に強くぶつけたが、そのまま大丈夫と思って滑っていたら、帰る途中で尾てい骨あたりに鈍い痛みが。昨晩は湿布を貼って鎮痛剤を飲んだのに寝返りもできないほど痛かったが、今日はとりあえず痛みはある程度引いた。しばらく経っても治らなければ、UHSという大学の保健室みたいなところに行こうかな。ただ、レントゲンとか取ってものすごく金がかかるのに(グーグル先生に聞いたら最低で1,000ドルくらいかかるらしい。保険でどのくらいカバーされるんだろう…)、どうせ治療のしようもなく湿布を処方されて終わりそうだし、あまり気が進まないなあ。

2010年1月27日水曜日

シカゴ交響楽団を聴きに

今晩は、Chicago Symphony Orchestraのコンサートに行ってきた。冬学期に入ってから初コンサート。今ぐらいが一番忙しくない時期なので、わりと落ち着いた気分で。課題に追われていると、心から楽しみづらいもんね。

本日のメインはバルトークの「青ひげ公の城」。恥ずかしながら初めて聴くので、話の筋が分からないと困るかなと思い一応事前に軽くあらすじだけ読んで行ったが、しっかり英語の翻訳字幕が出ていたので、ほっと一安心。

青ひげ公の城は闇に閉ざされており、新しく妻となるJudithは光を取りこむべきと言い、鍵のかかった7つの扉を開けようとするが、青ひげ公は拒否する。Judithは愛を説いて次々と扉を開けさせるが、部屋の中にある血と涙の影に猜疑心を深めるばかり。彼の先妻に関する噂も芳しくない。そして、最後の扉を開けると…というお話。

青ひげ公とJudithの掛け合いが印象に強く残っていて、青ひげ公は猜疑心を深める妻に悲しみを感じているようにも見えるし、むしろ猜疑心を深めるようにわざと妻を誘い込んでいるようにも見える。美しい音楽の中で色々な?が頭の中をぐるぐるしていた。オペラを観るのはこれで2回目だけど、なかなか奥が深くて楽しいもんですな。ていうか、この前に観たのは中学校の課外活動の一環だったので、当時はいまいち良さが分かっていなかったというのが実情かも。

こちらにいるとお手軽に、色々な芸術に触れることができるので、それだけでもアメリカに来た甲斐があったってもんだ。どちらかというと感性が鈍い方なので、あまりより好みせず色々と触れてみても、少しは感性を研ぎ澄ましていきたいものです。

2010年1月26日火曜日

不眠症・精神の潤い・村上春樹

最近、少し不眠症気味。学期が始まってから久々に大量の英語を読んで疲れるので、毎日昼寝をしたりしているせいもあるのか、夜全然眠れない。最近午前3時を過ぎても寝つけることはほとんどない。昨日は昼寝もせずに午前1時に寝たのに、早速朝5時に目が覚めてしまった。問題はやっぱり睡眠時間が短いと、昼間は眠いという一言につきるのだが。

よくよく考えてみれば、昔から寝つきが悪いのは事実で、就職してから激務でその事実を忘れていただけなのかなと。東京にいた時はよっぽど暇じゃなければ、日付が変わってから帰宅し、それから遅くまで小説を読んだり、職場ではできない勉強をしたりと、年がら年中睡眠不足で体を痛めつけていて、寝つくというより気を失うというのに近かったので。留学生活は当然そんな無茶苦茶な暮らしぶりではないので、不眠症再発、というわけなのではないかと。

あと最近勉強ばかりでQOLが低いことを懸念して、寝る前に本を読むせいで、更に寝つけなくなっているのかも。現在は、Paul Collier, The Bottom Billionを査読中。本当は小説とか精神に潤いを与えるものをもっと読んだ方がよいと思うのだけど、ここは敢えて趣向を変えてということで。昔はよく村上春樹を読んで、癒されていた。まあ、仕事から帰ってきて、新刊を手に気がついたら日が昇っていたというのは、社会人としてどうなんだと思わなくもないけど。

そういえば、以前友達に借りて読んだ「1Q84」について少し感想を(ネタばれありなので、それでもよい方だけ続きをどうぞ)。実は僕自身この作品を読み終わった後、悪くないんだけど村上春樹らしくない小説だなという感想を持っただけで、少しもやもや感が抜けない。

この小説が変わっているのは、いわゆるハルキ語が使われていないこと。これは今までの作品と違って、主人公の男が、表面上器用に生きているけど、内面で激しい欠落を感じていて、物事を醒めた目で客観的に描写する、というタイプの人間(多分に御本人の似姿だと思うが)として描かれていないからか。

そうこう考えていると、実はこの小説、村上春樹が書いた小説の中で女性が主人公である初の作品なのでは、とはたと気付いた。この小説は、主人公の男女それぞれの視点から交互に話が進んでいくが(二つの舞台設定と交互のストーリテリングはもはや村上春樹の古典芸能ですかね)、実は今回の作品は女性の主人公の内面が「主観的に」書かれた初めての作品ではないかと。いつもであれば、「僕」が認識する彼女の気持ちでしかなかったものが、主観的に語られている。だから、いつもと違って、他の作家が書く小説に近いように見えるじゃないかなと。

どうやら続巻が出るらしいのだけど、あの終わり方でいいのではないかと。青豆(主人公女性)があそこで死んだか、死なないかはそれこそ読者の解釈に幅を持たせた方がよいのでは。続刊はどちらかの可能性を否定してしまうことになりかねないので。もちろん、ラストシーン以前の別のエピソードを書くという手もありますが。

なぜ解釈の幅があった方がいいかというと、ただ個人的に曖昧な方が好きだからっていうのもあるけど、二人の本当の運命はまだわからないというギリギリのラインで終わるのが色々夢想できて楽しい。舞台設定として二度と交わることのない二つの世界が用意されているけど、これって現実における運命論を言い換えていると僕は考えていて(注)、最後の最後で交わりそうな運命が交わらず、絶望した青豆が自殺を図ろうとするけど、でも自殺が上手くいったかどうかがわからないというラインが、まだ現在進行形で生きている、ひいては運命にとらわれているかよくわからない僕たちにとっておもしろいと感じられるんじゃないかと。

だから、続刊が出るとしても、あれ以降の話が続くのであれば、「終着駅はここです」と言われているようで残念な気持ちにさせられてしまうのではないかと気を揉むわけで。もちろん、いい意味で期待を裏切ってくれるのではないかと願っていたりもするのだけど。

(注)この解釈の根拠として、主人公男性が不倫している人妻との会話ではたと気づく次のような一節がある。
「過去をどれほど熱心に綿密に書き換えても、現在自分が置かれている状況の大筋が変化することはないだろう。時間というものは、人為的な変更を片端からキャンセルしていくだけの強い力を持っている。それは加えられた訂正に、更なる訂正を上書きして、流れを元どおりに直していくに違いない。」

市場は将来を予測できるか

現政権への不満が噴出し、バーナンキ議長再任について上院の承認がとれるかが話題になっており、これに関連してマンキューの記事Intradeの結果を引用して、再任の可能性に言及していた。そういえば、金融危機で欧米市場担当に鞍替えした時に、こういう指標の存在を教えてもらったなあとしみじみと思い出してしまった。

Intradeの仕組みは簡単で、有体に言ってしまえば、将来に関する予測について、Yes/Noの賭けをする。その際に自分が負けたら払う金額を0から100までの数字で提示して、その金額で反対のベットをする人間が現れれば取引成立というもの。従って、均衡価格が100に近づけば市場はその出来事が起こる蓋然性が高いと考えており、0に近づけばその逆ということになる。久しぶりに眺めてみると、足許でよく取引されているのは、「次期大統領選で民主党(共和党)候補が勝つ」といった硬い話題から、「マイケル・ジャクソンを殺害した人間が告訴される」といった柔らかい(?)話題まで幅広い。

市場がいくらよく機能していると仮定したとしても、経済現象でない事柄を市場が正確に予測しうるのかというのは眉唾ものだけど、みんなお金を賭けてやっていることなので、それなりの信憑性はあるのかな。少なくとも世間の人がどう考えているか、トレンドが分かって、たまに見る分には個人的には面白い。ただの眉唾と見るか、結構意外と著名人も含めいろんな人が見ていてそれなりに信用できるかは、判断が難しいところだけど、暇つぶしには最適。だからといって、暇でないのが悲しいところなのだが。

2010年1月24日日曜日

リバイアサンは甦る?


先週のアメリカ上院補選における民主党の敗北をとっかかりにして、今週のThe Economistが政府の規模・あり方について論じている(“The growth of the state: Leviathan stirs again”)。要旨は以下のとおり。
  • 政府の規模・役割に関する議論は15年前に解決し、その解答はワシントン・コンセンサスに代表されるように、政府の権限縮小が繁栄をもたらすというもの。しかし、金融危機、高齢化の進行、テロ・犯罪率上昇に対する脅威、気候変動問題への対応などを背景に、政府は、財政拡大、規制強化、国有企業を通じた経済運営など、復権を遂げた。
  • 過去の経験に鑑みれば、危機は短期的には政府を拡大させるが、揺り戻しにより長期的には縮小させる場合もある。今回のアメリカ上院補選における民主党の敗北で目が覚めたオバマ大統領は中道化する可能性も。
  • 今後数年間にわたって、政府の失敗と市場の失敗を比較衡量することになるだろう。市場は失敗するが、政府も失敗する。福祉国家は自己拡大し、公務員は自己保身に長けており、政治家は税金を使って票を買い、ロビイストは政治決定に影響を与えようと多額の金をつぎ込む。この結果、政府サービスの向上を伴わない支出拡大が起きる。
  • オバマ大統領は、政府の規模を論ずるのではなく、政府が機能するかが問題であるとしたが、ナイーブに過ぎる。政府が為すべきことと市場に任せることをまず議論しなければならない。
この記事を基にしたLeadersの”Big Government: Stop”では、もっとぶったまげたことを言っていて、「本誌は小さい政府を志向するという偏見が有効と考える。政府よりも個人に権力を与えるべきだし、(上記のような)政府拡大バイアスを抑え込むことができるから」と(Marshall Street Journalでも取り上げられていますね)。この記事の題名にリバイアサンをひっぱってくるあたりからして、既に穏やかじゃないけど。

ただ、ここはこの記事にあるとおり、やはり冷静・公正に政府と市場の役割分担を議論するのが適当なのでは。現代国家においてこれを軸に左右対立が形成されるべきだと僕個人として考えているし、それを再度明示的に確認するという意味で、この記事は注目に値すると思う。政府拡大バイアスがあることを認めるとしても、The EconomistやWall Street Journalとかって、何やかんや言ってギリギリのところで、市場至上主義を振りかざして、市場拡大バイアスを作り出しているのではないの?と思ったり。そこはポジショントークと考えて、割り引いて読むべきなんだろうけど。

こういう国家権力に対して真正面から正しい論点をめぐってメディアがぶつかっていく姿勢は、羨ましくもある。極東のあの国で、こういった本筋の議論がなされる日はいつ来るんだろうか。

2010年1月22日金曜日

文章道

たまたま今日パソコンの中のデータを整理していたら、高校生の時に書き溜めていた論文や、大学時代のゼミにおける発表論文など、ごっそりと出てきた。懐かしい思いに耽りながら少し読んでみたのだが、そんな懐古的な気持ちは吹っ飛んでしまった。内容はともかくとして、文章があまりにも稚拙で、教授をはじめ先輩・同級生はよく理解してくれていたなと赤面するばかり。

当時と比べれば、仕事柄、簡潔で要を得た文章を大量に作成する訓練を受けてきたおかげで、幾分は上手くなっているのだろうが、また5年後くらいに現在書いている文章を眺め直してみれば、また赤面してしまうんだろうな。恥ずかしいからと言って文章を書くのをやめることはできないので、良い文章を書くには日々訓練を続けるしかないか。

多分に僕が良い文章を書きたいとこだわる理由は、文章を書くことでしか思考を明確に整理することができないからだと思う。如何せん頭が悪いためか、頭の中でごにょごにょと考えていても思考が絡まっていくだけで、まったく思考が進まない。そこで文章に書き出してみると、いかに自分が物事をいい加減に考えているかというのが紙の上に無慈悲にも表れてしまうので、その出来の悪い文章を客体化して、再度批判を加えつつ、自分の考えを練り上げることができる。こういう文章の書き方になったのは、中学生ぐらいの時からパソコンで文章を書く癖がついたからかな。

そして、このプロセス自体は個人的にわりと好き。ブログの記事とかは特段推敲することもなく書いているが、仕事や大学院でのペーパーはとりあえず一度書きあげた後も、できる限り、ある程度時間をおいた後に何度も読み直して、文章構成が流れているか、無駄な言葉をできる限り省けているか、必要なことは過不足なく書いているか、そして日本語であれば助詞や句読点の用法は適切か、などなど、暇さえあればぎちぎちと文章を詰めている。そういえば、「1Q84」の主人公も似たような文章添削の仕方をしている記述があって、あれって実は村上春樹自身の小説を書く際の姿勢なのかなあ。

それでも、文章を書くというのはいつまで経っても、なかなか上手くならないわけで。好きなものこそ上手なれだけど、文章道を極めるのは難しそう。そんなことを思いつつ、思い出の論文たちにまたしばらくのお別れと再会の約束をしたのでした。

2010年1月20日水曜日

青い州が赤く

勉強の合間にニュースを見ていたら、驚きの報道が。なんとマサチューセッツ州の上院議員補欠選挙で共和党のブラウン州議会上院議員が勝利。今朝の報道でも民主党劣勢が報じられていたが、まさか本当に青い州の代表格が赤くなるとは。これで上院民主党はフィリバスターを破るために必要な60票に届かなくなるので、現在上院と下院で内容を調整中の医療改革法案もおそらく廃案。残された手は、上院案を下院が丸呑みするしか手がないけど、そこまで強引に押し切れるかねえ。

別に上院で60票を割ったからと言って、Bipartisanshipに則って議論が進めば、物事は進むのだけど、国を二分するような議論ではなかなかそうはいかないので、オバマ政権はこれから身動きをとれなくなるんだろうな。医療保険改革にとどまらず、気候変動対策や金融規制改革などでも、オバマ政権の運営はこれから一層厳しくなって、アメリカ政治に停滞が生じる危険性が。

今年は中間選挙を前に失業率がまったく回復しないこともあり、オバマ大統領も年初早々から医療保険はどこへやら、雇用対策をはじめとする経済対策の必要性を何度も訴えかけてきているが、この調子では中間選挙も民主党大敗ということにもなりかねない。アメリカはこれまで何度もDivided Governmentを経験していて、その乗り切り方もある程度心得ているだろうから、留学中に中間選挙で民主党が大敗して、そういう状況をつぶさに見てみたいなという気持ちがある一方、ここで政治停滞が起きるのはなんだかなあと思う気持ちも。

いずれにせよ、今後の展開が(第三者的には)面白そうなので、引き続きアメリカ政治は注視していきたいですね。

2010年1月19日火曜日

お菓子熱再来

普段はあまり甘い物は食べない主義なのだけど、年に何度かお菓子にハマる時期がある。年末に昔の職場の上司がなぜか漫画を送ってくれることになり、奥さんがそれを郵送する時にクッキーなどのお菓子を同封してくれていて(この御夫婦には当時よくお食事に連れて行ってもらいました。感謝、感謝。)、久しぶりに日本のお菓子を食べてみると涙が出てくるほど美味しかったことから、再度お菓子熱が上昇中。

折しもスキー旅行に行っている時にアメリカでもおいしいお菓子があるという話を聞いていたので、うちの近くにあるグローサリーを何気なく歩いていたら、ありました、PEPPERIDGE FARMのお菓子。アメリカのお菓子と言えば、砂糖の塊がべたべたしていて、サクサク感がまったくないもので、ほんとアメリカ人の味覚っておかしすぎて、ついていけないなあといつも思うのだけど、ここのクッキーはそんなことはなく、普通に日本人の感覚からしても美味しい。しかも値段も一袋3ドル程度なので、お手軽だし。

そういうわけで、年末年始から休憩の際にクッキーを食べるのを楽しみにして、渋々勉強をしている。ニンジンをぶら下げられた馬状態。ただでさえアメリカの食生活はカロリーが高いので気をつけねばと思うのだけど、なかなかこれがやめられない。だいたいいつもお菓子熱は1か月としないうちに収まるので、あと少しすれば飽きてくると思うけど。

…でも、体についた脂肪はなかなか落ちないんだよな…

2010年1月15日金曜日

風邪ひき

昨日は風邪で一日中寝込んでいた。年末から軽く咳が出たりしていたのだけど、日常生活を送る分には差し支えなく、何となく放っておいたら、昨日になって咳が止まらず、頭痛までする始末。一昨日、喉が急にひりひりし出したので、少しやばいかなと思ってはいたのだけど。寒空の中、出願関係で色々と歩き回らさせられたせいか。だいたい風邪をひく時は、こういう長期休暇前の暇な時を狙ったかのようなことが多いが、それは忙しい時は症状を無理やり押さえこんでいるからなのかねえ。

さすがに長期間異国の地で風邪をひいているのはまずいと思ったが、日本から特に薬を持ってきていないので、近所にあるグローサリーで適当に薬を見繕って飲む。SUDAFED PE SEVERE COLDとかいう薬。まあ日本でもよくある総合感冒薬みたいで、咳・鼻水・熱・痛みを止めてくれるというもの。まあ対症療法的な薬なわけだけど、ただ寝ているにしても咳とかが出ない方が楽なわけで、薬を飲みつつ本当に丸一日寝ていた。寝過ぎでむしろ体が痛いくらい。

そんな状況なのにもかかわらず、いきなりドアをどんどんと叩く音。どうせまた碌な事じゃないんだろうなと思いながらも出てみると、市の住居検査があるから部屋に入れろとのこと。こっちは風邪ひいていてつらいんですがね。アパートの職員のおやじが僕のモルトやハードリカーのコレクションを目ざとく見つけやがって、「おれも大好きなんだ。お前いい趣味しているな」と色々と話しかけられて、やや鬱。まあ10分程度で終了したので、さっさと帰ってもらったが。

一日中寝ていたおかげで今日は大分体調も良くなった。風邪をぶり返さない程度に後れを取り戻さないといけないな。

2010年1月13日水曜日

出願と優先順位づけ

年初から放置していた経済学修士の出願をとりあえず終わらせたが、結構ごたごたしてしまった。願書を公共政策大学院と経済学部、そしてRackham Graduate Schoolというプロフェッショナルスクール等以外の教務を管轄しているところに、個別に書類を提出しなければいけないのだが、この御時世に紙媒体しか受理しませんというのはいかがなものか。まあ不満を並べ立てても物事が前に進まないので、仕方なくホームページで手続を調べてそのとおりにやったのだが、やはりと言うべきか何と言うべきか、各スクール間で手続に関する認識や理解が違っていて、何度か各スクール間を移動して色々と説明させられる羽目に。まあ、アメリカでワンストップサービスなんて概念ないだろうし、スタッフ毎に全然違うこと言ってたりするのは当たり前なので、もうこの程度のことでは怒りとか感じなくなってしまった。あー、しょうがないなあという感じ。まあ、とりあえず無事に出願を終えたので、よしとしよう。

ひととおり授業に出て、約一週間を終えたわけだが、今学期は先学期以上にきついかもしれないなと。現在まですべての科目について妥協せずに臨んでいるので、オーバーフローするのは当然と言えば当然なのだが。ていうかアメリカ人が平均して4科目しかとらないのに、英語もろくすっぽ喋れない留学生が5科目とるというのは相当クレイジーなんだろうけど。ということで、秋学期の時の教訓を活かし、如何に優先順位づけを行って今学期生き残るかが、あと一週間くらいで決めるべき最優先事項かな。

マクロ経済と国際金融政策の授業は、英語も聞き取りやすく、授業もよくオーガナイズされているので、大変ためになるのだが、如何せんリーディングの量が多く。また、この分野は自分のレゾンデートルであるので、手を抜くことは当然できないし、いつも以上に関連するブログの記事や新聞記事を深く読んでいるので、負担量が半端ない。一方ミクロ経済は最初の講義ではすごい厳しめな感じを受けたが、授業が始まると異様にスローテンポで簡単なので、今学期も引き続きある程度手を抜くことに決定。あとは、計量経済学とデータ分析演習にどれだけ力を割くかが焦点。ただ、データ分析演習を担当する講師は先学期の統計学を教えてくれた人なのだが、体調不良のためなのか彼が担当している他の必修の授業も含めて授業を今週全部キャンセルしているみたいなので、この科目が本当に開講されるか最近心配になってきたところ。

今週末は学期が始まったばかりなのにいきなりの4連休なので、時間に余裕を持っている間に今後の方針を練らなければ。

2010年1月12日火曜日

物事を考え抜く力

別にアメリカに留学してから初めて気がついたということではないのだけど、学者が物事を考え抜く時は、長時間、時には何日、何か月、果ては何年もかけているという事実に深く感嘆。

ほとんどの人がそうだと思うけど、僕は本当に集中して物事を考え抜くのはせいぜい一時間が限界。それ以上考え込んでいたとしても、本筋から離れたことを考えていたり、ものすごく効率悪い状態で考えているかのどちらか。僕のような組織の中でも下の方にいる人間にとっては、仕事上短時間で要領良く大量の仕事を捌くことが求められる場合が多いので、長考に長けているかはパフォーマンスに関係がない。しかし、留学が終わって会社に戻れば、ある程度の専門性を持ち、その分野において深い洞察を持って仕事を行うことが求められることも事実で、一つの物事を考え抜く力を身につける必要をひしひしと感じているのも事実。

そういう問題意識をもって学者先生や学者の卵の人たちと接していると、彼らの思考の長さ、深さに感嘆する。さすがに彼らのように何年単位で物事を考え抜く力というのは必要ないと思うし、実務家と学者の間には求められるものが異なるので、むやみに気に病む必要はないけど。そういえば、学部生の時に一度研究者の道も考えたことはあったけど、やっぱりこういう仕事には向かないなと彼らを見ていてつくづく思う。当然経験の積み重ねでそういう能力は向上するとは思うけど、物事を考える際のタイムスケールは才能に依拠する部分も大きいと思うわけで。いまさら才能を呪っても仕方ないし、逆に短時間における思考においては比較優位があるのだから、自分の能力を必要に応じて伸ばすということに変わりはないが。

留学していると、仕事をしている時では考えられなかったほど雑事から解放されて物を考え抜く時間は与えられている。目的意識を持って訓練するかは、後は自分次第。さて。

2010年1月9日土曜日

はじまり

雪が中々積もらなかったアナーバーでも、最近は10センチくらいの積雪は見るようになった。でも気温の変化幅が大きいのは相変わらずで、最低気温がマイナス15度まで下がったかと思えば、今度はマイナス5度前後になったりで、いまいち適応が難しい。僕は寒いんなら寒いで安定してくれた方がいいのだけど。もはやマイナス5度なんて暖かく感じてしまうのは、札幌にいた時同様、体が相当雪国仕様になってきた証拠ですね。

年も変わったということで昨日散髪に行ってきたら、えらく短く刈り込まれてしまった。まあ外見なんて気にしなければ散髪に行く手間が省けるし、勉強している時に髪が邪魔にならないのは結構なことなのだけど。だんだん発想が無駄に合理化している気が。田舎町にいても本当はお洒落に気を使っていなければいけないんだとは思うのだけど、日本とは違って欲しい水準の物・サービスがない以上、すっぱりあきらめるというのも一つの手なのかも。

今日は新しいカンバセーションパートナーと会ってきた。先学期から会っているイギリス人の方とも続けていくが、会話する機会が多い方がよいかと思い。また、こっちに来てから英語の能力はほとんど上がっていない気がするので、本格的にテコ入れをしなければという危機感もあり。実は木曜日に会う予定になっていたのだが、彼が吹雪と事故に巻き込まれるというトラブルもあり、今日が初顔合わせ。にもかかわらずお互いに酒好きということもあり、スタバで話すのもそこそこに、早速Ashley’sで酒を飲みながら。彼は中学生の時まで日本で育ったのだけど、日本語はほとんど喋れないので、ほとんど3時間ぶっ通しで英語で会話。まあ、日本語のリスニング自体には問題がないようなので、ある程度は一方的に日本語で話すことはあったけど。Language Exchangeというよりは、一方的に鍛えてもらっている感じ。

昨日から冬学期が始まってしまったが、なぜか知らないけど、最初の授業からシラバスの説明にのみにとどまらず、授業時間いっぱいまで講義をする教授ばかりで、結構ヘビーな感じ。来週月曜から始まるInternational Financial Policyも最初の2回の授業だけで、リーディングが150ページ近くあるし。同じ曜日に同じ教授が担当するMacroeconomicsも受講することになっていて、きっと同じぐらいの量があるんだろうなあと想像。うへぇ、結構きついかも。今学期は経済系の授業ばかりとってある程度楽をしようと考えていたのだけど、いきなり出鼻をくじかれたか。

2010年1月6日水曜日

片づけと思い出と

今日で集中講義も無事終わり、明日から早くも冬学期開始。明日から始まる計量経済学の講義ノートがネットでアップされていたので見てみると、いきなり100ページ超。最初の2~3回の講義で統計学の総復習をするとの趣旨だが、やっぱり久しぶりにこれだけの量の講義資料を見るとうんざり。早くペースをつかんでいかなければ。

今夜は先学期忙しさにかまけてまとめていなかった資料の整理を。学期中は多忙を極めるので一つ一つの資料を読み返す暇はなかったけど、改めて整理する際に手にとって見るとなかなか思い出深い。捨てるには忍びないものもあるが、そういうことを言っていたらきりがないので、ばっさりと。その結果、机が見違えるほどきれいに。やっぱり書類が整理されていない机では勉強も仕事もはかどらないから、ちゃんと学期が始まる前に終わってよかった。年内にしっかりやっておけというお叱りの声が各所から聞こえてきそうだが…。

さあ、明日から頑張るぞ。…とは言っても、冬には嬉しい午後からなので、早速重役出勤なのですが(笑)

(注)写真はLake Tahoeにスキーに行ってきた時のもの。景色が本当に素晴らしかった。

2010年1月5日火曜日

集中講義2日目

今日は昨日に引き続きアメリカ上院議院における議論のシミュレーション。午前から委員会での議論、党派内での調整の打ち合わせを経て、本会議での議論・採決まで。厳しい時間制約がある中、物事を決めて行く必要があり、ネイティヴ同士がものすごいスピードで議論を始めたので、まったく口を差し挟む余地もなく。早朝から結局予定を押して夜8時前まで、短い休憩をはさみながら断続的にやっていたので、久しぶりに心の底から疲れた。留学してから授業に出るのはせいぜい1日2コマで、3時間以上は集中して英語で何かするという経験はあまりないので、特にそうなのだろう。

とはいっても、そこで議論されていることが必ずしもrelevantな内容であるとは限らないのが玉に傷といったところか。急いで議論しているわりには、各議員の(というか担当している学生の)妙なこだわりにすぎないどうでもいい論点について議論していたり、各論点の関係が整理されないまま言いっぱなしに終わっていたりして、法案の中での整合性や趣旨がしっかり議論されておらず、中身に実があった気はしない。また、本会議に上程された修正案は優に20近くあり(委員会で10近くの修正案を議論したにもかかわらず)、実質的な審議などされずに、フィリバスターを破った後に、個別にただ単に採決しているだけだし。極めつけは、移民政策の議論なのに、冗談でアメフト関連の条項を提起した議員がいて、なぜか大多数の賛成を持って通過してしまったこと。いくら面白くても良心を曲げるべきでないとメンバーの韓国人を説得して、うちの議員としてはNayと答えたが。

どこまでアメリカ上院の実態を反映した議事の進行なのかはいまいち不分明なところが残っているが、日本の議会とは大きく異なるのは一目瞭然。議論のダイナミックさという観点ではこういった議論の仕方自体は面白いのは事実だけど、議論がダイナミックであることが必ずしも成果物として良いものを生み出すということに直結しない、という当たり前の事実を身をもって感じた次第。ちゃんと議事整理が行われず、強いリーダーシップを持って全体のとりまとめを行えるだけの度量の大きい人物がいなければ、結局いくら議論しても表面的なパフォーマンスに過ぎず、結論はお寒いものだということを今回しみじみ思った。

明日のデブリーフィング・セッションの終了をもって、この集中講義も終了。明日は運よく早朝のグループに割り当てられなかったので、ゆっくり寝ようと思う。こんな寒い冬に朝8時半から2日連続授業に参加するなんて、もう無理です。今学期は8時半から始まる授業を履修しなくて本当によかった…。

2010年1月4日月曜日

新年

気がつけば、新年がいつの間にか明けてしまっていた。うちの大学は他の大学と違って冬休みが短いので、本日4日から早速授業開始。寒い冬は特に何もすることはないからさっさと授業を始めて夏休みをたっぷり取ろうという趣旨らしいので、わりとまっとうな理由で冬休みが短いのだけど、三が日明けてすぐ仕事みたいなのには、なんか納得いかない感じ。まあ日本も同じく4日から仕事始めなので、それとの比較で考えればまあ仕方ないかな。

冬休みは英語に触れる機会が少なかったので、今日は朝一番からびっしり講義を聞いて、グループディスカッションをしていたら、慣れない頭をたくさん使ってしまい、既に頭がとろけそうに。この授業は3日間でアメリカ上院における移民政策の改革法案の審議をシミュレーションするものなのだけど、僕のグループは小さい頃からアメリカに留学している韓国人と僕の二人だけなので、上院における公聴会でロビイストに対して質問したり、プレスリリースをドラフトしたり(とは言っても、彼がほとんど全削して打ち直してくれましたが)、タウンホールミーティングで議員としての立場を表明したり、人数が多ければネイティヴの学生におんぶに抱っこしてもらうようなことも一部始終携わることができたので、結構ためになった。彼は先学期とっていたStatisticsのTAで、僕が既に知っていたこともあり、また気さくで若干いい加減なところもあるいい人なので、メンバーに恵まれたかなと。色々と話し込んでいたら、実は昔こっそり仕事上も関係していたようで、びっくりしたけど。

今週末からUMS主催のコンサートチケットが学生割引価格で売り出されるらしいので、また買い漁ろうかな。とりあえずは、Chicago Symphony OrchestraとSan Francisco Symphonyあたりは確実に押さえたいところ。勉強ばかりじゃ楽しくないので、たまには音楽に逃げようと今から画策しています。