ミシガン大学公共政策大学院留学記: 3月 2010

2010年3月31日水曜日

学期末は慌ただしい

何だか本気で慌ただしい日々を送っています。

月曜、火曜と文字どおり睡眠時間を削って精力的に頑張った結果、やっと懸案の国際金融政策のレポートは最終稿となり、後は英語のネイティヴチェックをお願いするのみ。グループワークらしいグループワークは初めてだったので、少しお疲れ気味。まあ担当を割り振って行程表を作って黙々と作業し、必要に応じて議論するだけなので、結局仕事とやっていることは変わらないが、指揮命令系統が存在しないのでコンセンサスを丁寧に取りながら進めて行くのはやっぱり勉強になったのかな。まあ相当僕の我儘でペーパー作成はしてしまったが…。

ずっと講師から放置されていたデータ分析の研究打ち合わせを急遽今週金曜日にやることに。もう提出から2か月近く、催促のメールをしてから3週間。本当にこの人いい加減だ。まあ既にデータをいじって説明変数を作ってモデルを回して結構いい結果が出ているので、現在進めている結果を持って、更にどういう手法で分析を深められるかという観点で議論しようかと考え中。そのためには、打ち合わせ用にある程度紙を書かなければだけど、時間がなくて現在あせっている最中。明日はマネジメントの集中講義の予習である自己分析に時間を割きたいのに…。そうこう思っていると、また月曜日締め切りのSTATAの宿題が出されて、更に予定が厳しく。

マクロ経済の試験にいたってはまったく手をつけていないのに、週末には楽しい企画が目白押し。金曜日は定例のTGIF会があるし、土曜日はBBQのお誘いが来ているし。うーん、少し過密スケジュール過ぎて回しきれなくなりつつあるような。来週も最低限のノルマとして、国際金融政策の試験勉強、プレゼンの準備、マネジメントのレポート作成をしなければいけない。はてさて、どうしますかね…。

2010年3月27日土曜日

停滞の一週間

日曜日深夜あまりの気持ち悪さに目が覚め、高熱と吐き気、体の節々が痛いことに気付く。そんなこんなで食事も喉を通らなくなり、月曜日・火曜日は大学院を休む。水曜日から復帰するものの、いまいち調子が上がらず、今週一週間は本当に何もできなかったなというのが実感。

気がつけばもう3月も終わりで、あと少しで4月なんだなとしみじみ。日本だと桜が咲き始めたり、新年度の始まりの節目の時期なのだけど、こちらは引き続き日常が続くのみで、ちょっと季節感に乏しい。しかしあと3週間で大学院の授業が終わるため、課題の提出期限や期末テストの日程が近づいてくるなど、少しせわしなくなってきた。あー、この一週間の停滞は結構手痛いかもな。

とりあえず来週の目的は、国際金融政策のペーパーを書きあげて、データ分析のリサーチプロジェクトの計量モデルをいくつか回し、再来週のマクロ経済の試験勉強をこなすというところか。しかし、こう忙しくなってくる時に限って、マネジメントの集中セミナー講義が始まっちゃうわけで。しかも金曜日朝8時からぶっ通しで6時間とか。まあ事前に分かっていて履修登録したので文句は言えないけど、何とかならんもんですかね、本当に…。

2010年3月20日土曜日

生活満喫=?

今日はSan Francisco Symphonyのコンサートに行ってきた。昨夜に引き続き、2夜連続。

昨晩はChristian Tetzlaffによるチャイコフスキーのバイオリン協奏曲は素晴らしかったが、それ以外はいまいちだった。…が、今日のマーラー交響曲2番はものすごくいい出来栄え!あまりの凄さに感動してしまった。毎回毎回感動できる演奏が聴けるわけじゃないけど、たまにこういう経験ができるから、コンサートに足をどうしても向いてしまうわけで。今季の音楽生活はとりあえずこれで終了。来季は誰がアナーバーにやってくるか、今から楽しみ。

話は戻って、水曜日深夜。明日ミクロ経済の試験が控えているにもかかわらず、St. Patrick Dayを祝うために、ダウンタウンにあるアイリッシュパブのconor o'connellに。まずIrish Car Bombを2杯ほど。プラスチックのコップでのサービングだったので、BaileysとIslay Maltを混ぜたショットがうまくGuinnessに馴染んでくれず、いまいち。その後、Murphy’sをひたすらあおる。…気がついて家にたどり着いたのは午前3時。まじギブ。

木曜日は軽く二日酔いになりつつも、とりあえずミクロ経済の試験は難なく終わり。最初の試験と比較すると、問題数も減り簡単だった。まあ前回の試験が問題数多すぎなだけだった気もするが。

金曜日はコンサートが終わって、家でゆっくり本を読んでいたら、電話がかかってきて夜中の12時からコンサートのため欠席していた飲み会の2次会に。現在、ミシガン大学のビジネススクール、ロースクール、公共政策大学院、経済学部に留学している方々で集まりましょうという企画で、1次会は大変盛況だったよう。ていうかアナーバーにこんなに日本人がいたのかと結構びっくりした。

今日はお昼から韓国料理屋で豪勢に焼き肉を食した後、アメリカではどうしても普段湯船につかることができないので、とうとう男4人して貸切風呂に。露天のジャグジーで、少し肌寒いくらいの気温だったが、これがちょうどよく快適。ゆっくり湯船につかって、日頃の遊び疲れ・飲み疲れをうまく解消(あれ、勉強疲れは…)。

ということで、まったく来週に向けての予習などが終わってない。こういう時に限って教科書以外のリーディングが多かったりするわけで。あと明日だけで約500ページ強読まなければ。ホントにこれ終わるのかよ…。

2010年3月17日水曜日

緑とお酒の日

今日はSt. Patrick’s Dayというカトリックの祭日。アイルランドにキリスト教を布教した聖パトリックの命日で、アイルランドの祝祭日。アメリカでは、理由はよくわからないが緑色(アイルランドのシンボルカラー)のものを身につけて朝からみんな酒を飲んでいるというわけのわからない行事になっている。

いきなり朝の通学時から緑色のTシャツを着た奴らがうようよいて、そこらへんのバーで盛り上がって飲んでいる。フォードスクールの建物の近くにある一軒家には学部生と思われる緑の軍団が酒を飲む準備していて、五月蠅い。しかも今日はお天気がよく気持ちがいいから、なおのこと羨ましくて、勉強する気になれない。

というわけで、アナーバーに来てから初めて昼間からビールを飲んでみた。何と言ってもこのイベントに合わせて、ビールが1ドルだったので。ただ、ビールも当然緑色に着色されている…。健康には悪そうだなと思いつつも、酒好きとしてはたまらない。明日、ミクロ経済の試験があるらしいけど、もう知らん。

…というわけにもいかず、家に帰って昼寝をした後にお勉強。今回の試験範囲は逆選択・モラルハザード・外部性といった市場の失敗がメインなので、数式ではなく言葉の説明が多そうなので、いつもよりは念を入れて勉強。

しかし、日本にいた時からアイリッシュパブをこよなく愛する僕としては、やはりこの祭日をしっかり祝わなければということで、これから再度飲みに行ってきます。次は、グリーンビールじゃなくて、アイリッシュカーボムにしようかな。あれは、やり過ぎると後で効いてくるので結構やばいけど。

2010年3月16日火曜日

期限に関する考え方の違い?

最近不思議で仕方ないことについて。というか、今日はさすがに結構怒り心頭という感じだが。

ことのきっかけは、データ分析の授業を担当している講師が1か月以上前に提出した研究計画書にまだ目を通していなくて、今までの授業でそのうちC-Tool(講義用サイト)経由で返却すると言っていたのだが、今日の授業で「半分くらい返したと思うけど、まだ僕からコメントをもらっていない人はメールを送って」とか言い出す。…約束して守れないんなら、最初から言うなよ。だいたい他の宿題だって一つたりとも返ってきてないし、宿題や講義ノートのアップだって、いつも宣言した期限から1週間以上遅れているじゃないか。お前、仕事やる気あんのか。

他の例を挙げれば、ミクロ経済の講師も、いつも守れもしない期限を約束して、当たり前のように遅れる。そもそも、試験対策用の問題が試験前々日にようやく解答なしでアップされるって、どういうことだ。こっちも忙しい中計画立てて取り組まなきゃいけないんだから、そっちもちゃんと計画立てて仕事しろよ。

日本であれば、約束の段階である程度期限の先延ばしを図り、確実に期限に間に合わせるというのが普通と思うのだけど…。これはアメリカ人が期限に関してルーズなのか、それとも象牙の塔に籠っている世間知らずなせいなのか、はたまたただの個人の問題なのか、よくわからない。もう少し鷹揚と構えていればいいのだけど、疲れがたまってくると、どうしても愚痴の一つでも言いたくなってくる…。

2010年3月15日月曜日

二日酔いの週末

金曜日にワインを飲み過ぎて、若干調子が上がらないまま週末に突入。楽しい飲み会だったのだけど、如何せん飲み過ぎ。若い時のようにはいかず、どうしても翌日に持ち越し気味なので、ほどほどにしないといけないな。

週末は、いつもどおり来週の授業の予習に加えて、ここのところ頭を痛めているSTATAの宿題を。今回の宿題は前回に比べれば素直な問題だったので、それほど時間を取られることもなく終了。ただ、他の課題との比較では、圧倒的に時間を消耗しているので、あと2回も宿題があるかと思うと若干鬱。

そのせいか想定外に国際金融政策のグループワークの下準備をする暇がなく、とりあえずECOFINが出しているドイツ経済の概観に関するペーパーを斜め読みして、International Financial StatisticsとStatistisches Bundesamt Deutchlandからデータを取り、色々とグラフを作成。ドイツは日本同様、輸出依存の経済といわれるけど、名目GDPに占める純輸出の割合は約7%で、意外と小さいなという感触だが、国際比較すると、これでも相当大きい部類に入る。その上、民間消費などと比較して、投資・純輸出は変動幅が大きいので、経済に与える影響が大きいし。まあ、貿易に限らず、他の問題も幅広く見てから、テーマ決めしないといけないが。

そんなこんなやっていると、今週のThe Economistはドイツ経済特集。課題には直接役に立ちそうな感じではないけど、概観を掴むにはちょうどいいかも。なんとも言えないタイミングの良さにちょっと嬉しくなるが、よく考えれば読む文献が増えただけか?

まあ、ミクロ経済のテスト勉強のかたわら、こつこつと読み進めていくしかないな。

2010年3月11日木曜日

春眠暁を覚えず

今週はなんか全体的に気だるい感じ。先月までは一応氷点下の世界にいたのが、いつの間にか最高気温が15度前後まで上がって、なんか春が来ちゃったせいか。ちなみに、例年はこの時期でもまだ全然寒いそうなので、今年が本当に例外のようだが。気だるいのと忙しくないことをいいことに、昨日はあまりの眠気に耐えられず夜8時に床について、それから13時間も寝るという社会人失格な感じで、今日も頑張っています。

今週は課題を適度にこなしつつ、来月にある集中講義の予習がてら、指定の教科書をだらだらと読んでいた。性格分析と陥りがちな失敗、上司・部下との関係構築や、人生設計の話など、これがなかなか面白い。各種の研究結果を盛り込んだ本なのだが、わりに実践的でふむふむと読み耽ってしまった。悪く言えば、自己啓発本みたいな感じだが。ただ、職場から離れている間に、過去の自分の職場での行動をある程度客観視できる状況にあって、こういうことを冷静に考えることってわりと役立つ気がする。思い返せば、失敗例しか思いつかないところが痛いところだが。

国際金融政策の授業のグループワークでは、ドイツのマクロ経済について研究することになり、ぼちぼちエンジンをかけていかなければ。ドイツは、日本と同じく、輸出依存型の先進国なので、研究してみると面白いかなと思い。あんまり過度に文献を読み込むのではなく、自分たちの頭を使って分析するよう教授から指示があったが、あまりにドイツ経済のことを知らないので、今週末はある程度文献を読み込まなければ。

明日はInternational Center主催の米国税制の講義に行ってこようかな。ちょうど今、アメリカは所得税申告の時期なのだ。留学生は税金を払う必要がある場合はほとんどないのだが(だってF1ビザじゃ、そもそも働けないし、租税条約の免除規定もあるし)、一応IRSに書類を提出する義務はあるらしい。ほとんどの日本人留学生とかわざわざ提出しないだろうけど、こういう機会に簡単に米国の所得税制を勉強するのも一つの手かなと思い。こんなこと気になるのは、昔租税法のゼミにいたせいかもしれないが。

春眠暁を覚えずな毎日だが、今週末からDaylight Saving Timeが始まり、今度は1時間損する形になるので、あんまり寝坊助に生きていてはいかんなあ。

2010年3月8日月曜日

合格発表の季節

そろそろ今年の大学院の合格発表が始まっているみたいですね。うちの大学院は今週に選考結果をメールするみたいで、来週木曜日に在校生から電話がけをするボランティアを募るメールが今日届いていた。

思い出せば、ちょうど去年のこのぐらいの時期に合格通知をもらったなあと感慨深い。コロンビア大学とプリンストン大学に不合格通知をもらい、どん底の気分の時に、ミシガン大学からやっと一つ目の合格通知をもらってほっとした思い出が。その後、UCLAの合格とコロンビア大学の追加合格の通知のほかは、ハーバード、UCバークレー、スタンフォードに悉く落ちたので、もはや不合格通知を受け取っても落胆しないくらいまで当時は打ちのめされましたが。

今年も金融危機に続く不況のせいで、小耳にはさんだところでは、大学院に戻るアメリカ人は増えているみたいで、競争率は上がっているよう。なので、日本人留学生には今年の選抜もきっと厳しかったと思うけど、不本意な結果に終わったとしても、実はそれも一つの巡り合わせ。ネームバリューも大事だけど、合格通知を受け取った大学院のカリキュラムなどをもう一度ゆっくり眺めて、本当に自分のニーズに合った大学院を選べばいいのではないだろうか。

個人的には、当時プリンストン大学かUCバークレーにぜひとも行きたかったのは事実だけど、ミシガン大学に来て応用経済学修士とのダブル・マスターをとることができることになったことを考えれば、結果的に自分の国際経済を中心に政策を勉強したいという自分自身のニーズに合った選択ができた気がする。人生、結局、巡り合わせ。幸福な偶然だと思って、与えられた選択肢の中で一生懸命やればいいんじゃないかと思う。

2010年3月7日日曜日

秋学期受講計画に悩む

さすがに1週間以上休んだので、かなり頭が休みぼけしている感じ。明日から久々に授業が開始だが、なぜか休みの間に宿題がちょこちょこと出されていて、休み明け早々また課題に追われる日々になりそう。

足許の課題に追われていても、先を見通さなければいけないということで、シラバスはないが、秋学期の授業予定が確認できるようになったので、休みの間にある程度受講する科目について頭の準備体操を。

■ECON500 Quantitative Method
MAE必修の経済数学。去年も公共政策大学院のCalculusで微積はひと通りやったが、行列は久しくやっていないので、ここでしっかり再度勘を取り戻さないといけないかな。とは言いつつ、できれば免除して、同じ時間帯にあるECON605 Macroeconomic Theory Iを受講したいな。マクロ経済はPh.Dレベルまでやっておきたいので。

■ECON501 Microeconomics Theory
MAE必修のミクロ経済学。去年から公共政策大学院でミクロ経済を受講しているけど、内容が学部の時と同じかそれ以下なので、ここでしっかりミクロ経済も理論を含め身につけたいところ。

■STATS505/ECON671 Econometric Analysis I
統計学部のPh.D向けの計量経済学入門。計量系は役に立つし、しっかり勉強しておきたいので。ただ、講義のレベルが不明確なので、場合によっては、STATS575/ECON678 Econometric Theory IかSTATS600 Linear Modelsを受講しようかと。

■FIN612/614 International Finance Management
ビジネススクールの国際金融。国際金融を制度としてだけでなく、市場参加者(投資銀行、多国籍企業)の投資判断に関するフレームワークの観点から勉強。ビジネススクール生だけのために開講される講義のようで、担当教授から明示的に受講許可を取る必要があるよう。ただ、制度論だけではなくプレイヤーの観点からも国際金融市場を勉強する必要は言うに俟たず、是非とも受講したいところ。

■PUBPOL747/ECON739 International Economic Policy
公共政策大学院・経済学部合同の国際金融・国際貿易のゼミ。担当教授は看板教授のRobert Stern。去年受講した人の話を聞くところ、毎回リーディングアサインメントに関するペーパー提出が義務付けられ、それを元に教授がディスカッションをオーガナイズするという形で進むらしい。なかなか為になりそうな講義。

とは言っても、受講科目を決める前にMAEプログラム担当の教授と相談しなければいけないけど。忙しいのであんまり会いに行きたくないけど、5月には登録が始まってしまうので、早めに相談に行かないとなあ。

2010年3月4日木曜日

田舎者、ニューヨークを去る

ニューヨーク最終日。夜6時半のフライトでミシガンに戻るので、どう時間を使うかで悩むが、もう思い切りNYCを楽しもうということで、朝一から猛然と動いていくことに。

とりあえずThe Phantom of the Operaのチケットを押さえて、MoMAに向かう。開館時間ちょうどに行ったためか、ものすごい人で美術館の中に入るまでに結局30分くらいロス。ミュージカルが2時からなので、思い切って食事の時間は削って、ぎりぎりまで近代絵画を中心に見て回る。作品自体はニューヨークで回った美術館の中で一番よかった。収蔵数ではやはりMetが一番だったけど。

ただ、残念だったのは、人が多すぎで落ち着いて見れなかったことと、お客のマナーが最悪だったこと。思いっきりぶつかってきて謝りもしない、絵を見ている前をずかずかと歩いて行く。果てはフラッシュ焚いて写真撮ってるし。観光客が多いせいかもしれん。今度はお昼以降の空いている時間帯にゆっくり見て回りたいな。

昼食はどうかとは思ったが、時間がないので、再度吉野家へ。いいんだよ、アナーバーで食べられないんだしと自分を説得しつつ。急いで昼食を済ませた後、The Phantom of the Operaを観に。Chicagoの時とは違い、舞台装置も完全にオペラ座の怪人のためだけに作られていて、テンポの良い舞台の切り替わりなどはすごいの一言に尽きる。アメリカの娯楽の中でも、ミュージカルは発祥の地ということもあり、やっぱりいいかも。

フライトまであと2時間残して、ニューアーク国際空港へ向かおうとするが、タクシーに乗車拒否されまくる。事前に調べた感じだと、営業許可の関係で空港からお客を拾えないので、ある程度ギャランティーを払わされるということを知っていたが、まさか全然乗せてくれないとは。飛行機までの時間がないので、ものすごくあせる。結局、結構な金額を提示してきたタクシードライバーに内心ふざけんなよと思いつつ、帰れないと困るので、仕方なく大枚をはたく羽目に。ディスカウントチケットの関係で帰りはニューアーク空港を選んだけど、こんな感じだったら、次回からはラガーディア空港かJFK空港にした方がいいなと反省。

結構、短い日程の中で、ありえないほどの娯楽を詰め込んで、正直言って体調面からするときついこともあったが、楽しい旅行だった。また、学期が終わればアメリカを見て回る旅をしてみたいもんだ。おわり。

田舎者、ニューヨークを楽しむ

 
 

ニューヨーク3日目。朝少し時間が空いていたので、ホテルの近くにあるSt. Patrick's Cathedralへと向かう。摩天楼が立ち並ぶ中にいきなりのゴシック様式の建築が。中ではお祈りしている人が当然いたが、観光客も中を見て回れる。カトリック系のミッションスクールに通っていたので、ある程度の素養はあるけど、あんまり教会の中を見て回ったことはなかったので、新鮮だった。

まだお昼まで時間があるということで、バカと煙は何とか…ということは敢えて無視して、近くのロックフェラーセンターからマンハッタンを展望することに。運よく今まで悪かった天気はどこへやら快晴だったので、見晴らしはすごくいい。ていうか、まさしくビルの頂上へ連れて行かれるので、上に広がるは大きな青空のみ。なかなかの開放感。日本の展望室だと味わえない感じ。

お昼御飯は日本の心を楽しむ企画続行。かつ濱というトンカツ屋に。お店に向かう途中、道に迷って気付かぬうちにLittle Brazilに迷い込んでしまい、異様な空気に戸惑う。ニューヨークに限った話ではないが、通りが一本違うだけで、街の様相が大きく変わるのは日本と全然違う。アメリカは人種のるつぼとは言うけど、移民たちは決して混ざっても溶け込むことはないのだなということを実感。まあ、アメリカにいれば平等なんて建前で、WASPを頂点とするヒエラルキーが厳然としてあることにすぐに気付くけど、なんかまざまざと見せられた気分に。

話は戻って、肝心のトンカツは、すり鉢でごまをすってからソースをまぜるという、なかなか乙なお店。ソースがイマイチな気がしたが、日本と同様ごはん・味噌汁・キャベツがおかわりし放題。当然、おかわりしましたが、何か??お味噌汁が美味しくて、早く日本に帰りたいマジで、と思わせてくれるお店だった。

お昼御飯に満足した後、Metropolitan Museum of Artへ。Art Institute of Chicagoに行った時も思ったが、とりあえず建物が巨大だし、とてもじゃないが一日で見て回れる美術館ではない。ヨーロッパ絵画から近代絵画までを集中的に見て回っただけで、へとへとに。ただ、やっぱり絵画はいいね。時間があればいつまででも時間をかけてゆっくり見て回りたい。まあ、当然余生の過ごし方の話であって、若いうちはなかなかできそうもないが。

夜御飯は友達にお勧めされていたLittle ItalyにあるIr Cortileというお店に。歩き回って疲れていたこともあり、ワインをしこたま飲みながら、イタリア料理を楽しむ。昨日と違い、色んな種類の皿を楽しめ、満足。少し飲み過ぎてしまったが。時間が押しているので、Lincoln Centerまでタクシーで向かう。

今晩はLa Bohemeを鑑賞。この前、アナーバーでシカゴ交響楽団のオペラを聴いたことで触発されたこともあり。Mimi演じる女優の声はとても美しく、音量の小さい部分もとてもきれいに発声されていて、素晴らしかった。やはりチケットのお値段がいいこともあり、僕らはドレスコードに反していたような気がするが、さすがにこれだけのためにスーツを持って行くわけにもいかないので、仕方ないかと思いつつ、帰途へ着く。

つづく。

田舎者、ニューヨークを歩く

 
 

ニューヨーク2日目。事前に特段観劇などの予定を入れていなかったため、ブロードウェイでChicagoのチケットを買った後、ニューヨーク観光へ。腹が減っては戦ができぬということで、まず一風堂を訪れる。

一体何のためにニューヨークに行っているんだという声が聞こえてきそうだが、誰に何と言われようが美味しい日本の御飯をアメリカで食べられるのは大都市だけなので、背に腹は代えられない。その上、諸事情により原則来年の夏まで帰国できないので、我慢するというのは選択肢にありえない。肝心の味の方は…あまりの懐かしさと美味さに涙が出そうに。ここで替え玉をしなければどこで替え玉をするということで、これから歩き回るにもかかわらずお腹いっぱいに食べてしまった。ちなみに、英語でもでも替え玉は”Kaedama”なんですな。まあ、翻訳の仕様がないからなのだろうけど。それにしても、外国人が「いらっしゃいませ」「○名様、○番テーブルに入ります」とか日本のお店のように大声をあげているのは、少し不自然な感じ。結局、日本語通じないしね。

とりあえず何も考えずに自由の女神でも見てみるかと、フェリー乗り場に行くと異常な混雑ぶりだったので急遽諦め、Wall Streetを歩いてみる。意外と言うか、こんなところで世界中の金が動いているのかと思うほど、結構こじんまりとした狭い通り。観光客を含め人はたくさんいるが、息がつまりそうな場所だった。まあ日本橋兜町も大してでかいわけではないので、意外とこういうもんですかな。NYSE・NYFEDは中を見学できないので、とりあえず建物だけ拝む。

その後、World Trade Centerの跡地に。既にというか、やっとというか、代わりの新しい建物を建て始めていた。思い出せば、September 11thは大学2年生の時だから、今でも傷跡が生々しくこの街に残っているわけで。こんな摩天楼が密集したところに飛行機が突っ込むと考えるだけで、空恐ろしい。その時、国家はまさしく攻撃されたのであり、アメリカが急激に戦争に向かって方向転換していったのも、正当性は別論として、まあ感情的にはうなずけるところですな。

その後、友達からお勧めされていたFrick Collectionという美術館に行ったのだが、残念なことに休館日。事前の下調べはちゃんとしなきゃいけないなと反省。ただ、こけてもただでは起きないということで、近くにあるSolomon R. Guggenheim Museumに。展示物はまあまあという感じで少しがっかりだけど、近代建築の三大巨匠のひとりであるFrank Lloyd Wrightの手による建物自体は、なかなか趣があり、いい感じ。

その後、ミュージカルまでの時間がなかったこともあり、Carmine’sという近くにあるイタリア料理屋に。すべてファミリースタイルで食事を提供するというコンセプトで、一皿の量がすごい。味もよく値段もリーズナブルなので、人数が多ければなかなかいいお店。量が多すぎて、いろんな種類を頼めなかったので、個人的には少し不満だが。

Chicago自体は数年前に映画で見たことがあるけど、やっぱり劇場で見るのはよかった。臨場感と一体感がやはり違うし。次に来る時は別のミュージカルも見るかなと心に誓う。帰りにジャズクラブにでも行こうかと思ったが、どこも深夜はやっていないようだったので、とりあえずホテルに帰投。さすがに歩き過ぎで疲れた。

つづく。

2010年3月3日水曜日

田舎者、ニューヨークへ向かう

 

Ann Arborの田舎具合にいい加減飽きてしまい、大学のStudy Breakを活用して、日曜から今日まで友達と二人でNYCに行ってきた。ほとんどノープランで行ったのだけど、結構盛りだくさんでぐったり。

デトロイト空港まではとりあえずタクシーで行けばいいかと思っていたのだが、よくよく考えると日曜午前に流しのタクシーなんているのかと不安になったものの、僕らみたいな学生がいることを期待してか、案外あっさりつかまる。先週金曜日あたりから天候が良くなかったので飛行機が飛ぶか心配していたが、何のことはなくお昼過ぎにラガーディア空港到着。ニューヨーク名物のイエローキャブに乗って、市街地に。

久々の都会に来た感想は…ただ、うるさくて汚いなあという感じ。当然人がたくさんいるけど、人混みにうんざりというほどではないが。夕食には少し早いがお昼ご飯を食べていないので、ブロードウェイを歩いていると、ありました、吉野家。日本人の心。王子神谷に住んでいた時に必ず週一回はお世話になっていたこの味。日本と比較すると肉の量が相当多く、頼んでもいないのにつゆだく。ていうか、美味すぎる。とか言うと、普段は何を食べているんだという感じだが…Ann Arborにも支店できないかなあ。

その後、チャイナタウンをぶらぶらした後、コロンビア大学に留学している友達3人と落ち合い、「喧嘩」という居酒屋で飲む。ていうか、日本語が通じてますけど、このお店。久々の思い出話に花が咲き、ビールを飲み過ぎ。いや、華やかなニューヨーク生活を聞くにつけ、羨ましく思う限り。僕もコロンビア大学に合格していたんだから、行けばよかったか。まあ、都会はお金がたくさんないと楽しくないので、まあいいか。

その後、事前に予約してあったBlue Noteにジャズを聴きに。ギター・ベース・ドラムのおじいちゃんトリオだったので、迫力はないけど、普通にうまかった。ただ、せっかくなので、もっと臨場感のある演奏が聴ければなあという感じではあったが。日付が変わった頃に、地下鉄に乗りHiltonに戻って、夢の中へ。

つづく。